キングダムと春秋戦国時代の歴史辞典

キングダムと春秋戦国時代の色々な情報を取り扱っています。
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キングダムが面白い

キングダムと言うのは、ヤングジャンプで連載されている中国の戦国時代を題材にした漫画です。

主人公は「信」という人物なのですが、公式ガイドブックによると「李信」だという事がはっきりと書かれています。

そうなると、この李信という人物はたいそう有名で大活躍した人物に違いないと思うかも知れません。実際の李信と言う人物は記述が少なくて謎が多い人物でもあります。

中国の最初の正史である「史記」にも登場するわけですが、李信列伝があるわけではありません。

王翦列伝や他に少し書かれているだけで、いつ死んだのかも記載がないような人物です。

楚の項燕に敗れた事や、燕を亡ぼすのに活躍したこと、戦国七雄の中で最後に残った斉に侵攻したなどの記述はありますが、どのように攻めていったとか、そのような記述は皆無に等しいのです。

それをあそこまで書ける作者の原泰久さんの想像力は凄いものだと思いました。

キングダムは実際の歴史に即して書かれているのか?

キングダムが実際の歴史に即して書かれているのかは気になるところではないでしょうか?結論を言ってしまうと、実際の歴史となから合っているとしか言えません。

明らかに史実と違うという部分もあります。

例えば、魏を攻めた時に廉頗が魏の将軍として反撃してきました。

確かに、廉頗は趙から魏に亡命しています。

しかし、史記などの記述だと魏王は廉頗を用いなかったと記載があります。

廉頗も用いられないから、楚に移ったという記述があるのです。しかし、キングダムだと魏の将軍として秦軍に反撃してきますよね。

他にも、李牧が趙の宰相になったという記述も史記などにはありません。

ただし、李牧が武安君と呼ばれたのと大将軍に任命されたというのはあります。

あと、羌?という人物が登場しますが、実在した人物であることは間違いないでしょう。王翦と共に趙を亡ぼした記述などもあります。

しかし、女性だという記述はどこにもありません。

このように史実に合わせて書かれていますが、物がたちを面白くするための演出なのか、ところどころ史実と違って書かれている状態です。

春秋戦国時代とは

キングダムは中国の戦国時代を題材に書かれていますが、今から2000年以上前の中国を舞台にしています。

その頃の日本はまだ国と言う物が存在しなかったようで、弥生時代前期です。

これを考えると、この頃は中国の方が日本よりも、かなり高度な文化を持っていたと言えるでしょう。

春秋戦国時代は、東周時代とも言われています。

それまでの国の王様であった周王朝の力が衰えて代わりに諸侯が力を持って争う時代です。

正確に言えば、西周王朝最後の王様である周の幽王が諸侯の一人である申公や異民族に攻められて、幽王も殺されて首都も壊滅しました。それで、東の洛陽に遷都したのが春秋戦国時代の始まりと言ってよいでしょう。

ただし、春秋という書物があるのですが、その書物が始まった時代を春秋時代の始まりに置く人もいます。

しかし、個人的には、周の平王が晋や鄭、秦、衛などの力を借りて洛陽を都にしたのが始まると考えたいです。

周は洛陽に遷都して存命したのですが、諸侯が力を争う時代になってしまったわけです。

日本でいうと室町幕府の権力が衰えてしまい戦国大名が争っていく時代と似ています。

しかし、中国の戦国時代は日本と違って何百年間も争う事になるわけです。最終的にキングダムでもお馴染みの政が始皇帝となるまで群雄割拠の時代は続きます。

春秋時代と戦国時代の違い

春秋時代と戦国時代の違いなのですが、これも人によって分け方が違うわけです。

春秋と言う書物が終わるところで春秋時代の終わりとする人もいますが、多数派で言えば春秋時代の超大国である晋が趙・魏・韓の3国に分裂したところを戦国時代の始まるとする人が多いです。

初期の分裂した時は、趙・魏・韓の主君である晋は存在していました。

しかし、その後、周王朝から趙・魏・韓も正式に諸侯として認められます。春秋時代で中原の地で王を名乗っているのは周王だけでした。

しかし、戦国時代になると秦・趙・魏・韓・斉・燕なども王を名乗っていますし、さらに中山や宋なども王を名乗っています。

周王はほんのわずかな時を有するだけで諸侯に対する影響力はほぼ失われています。さらに、小さい領土しか持てない周王朝の中でも権力闘争や分裂が起こっている有様でした。

春秋時代は諸侯に対して威があったのかも知れませんが、戦国時代になると完全に失われています。

戦国七雄とは

中国の場合は戦国七雄と呼ぶことが多いです。

戦国七雄と言うのは、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓の7カ国です。

さらに、中山、宋、西周、東周、衛などの小国も登場します。

戦国時代の前期は魏の文候が呉起、西門豹、楽羊、李克などを用いて強勢でした。しかし、孫の恵王の代で秦の商鞅や斉の孫?に戦いで敗れた事で衰退しました。

この後、商鞅の改革で国を強くした秦と斉の2強時代になりますが、斉は燕の昭王の恨みを買い楽毅率いる燕・秦・趙・魏・韓の連合軍に敗れて大きく国力を落としました。

ここで斉を壊滅状態にした燕が国力を大幅に増幅させるとも思われたのですが、燕の昭王の死や楽毅の解任などもあり燕も結局は国力を落としています。

趙も武霊王の胡服騎射などの改革などもあり国力を大きく伸ばしましたが、武霊王の死などで頓挫しています。

韓にいたっては、秦と国を接しているところもあり国力を大きく伸ばす事は出来ませんでした。

しかし、李斯も認める韓非子は韓の王族でもあります。そして、秦の昭王の代に白起などの活躍もあり大きく国力を伸ばしして他の6国を圧倒するようになりました。

そして、キングダムでもお馴染みの秦王政の代になって統一するわけです。

秦は統一後にどうなったのか?

このサイトを見ている人は分かっているかも知れませんが、戦国時代は秦王政の時代に終わります。もちろん、最後に昌平君が裏切るとか、始皇帝に刺客が送り込まれるなどもあるのですが、最終的に秦が統一します。

もちろん、李牧に手を焼くなどもあります。

しかし、最終的に秦が統一しました。

しかし、統一後は万里の長城を作ったり蒙恬が大軍を率いて匈奴討伐を行う、始皇帝陵や安房宮を作るなどの土木工事なども行われています。しかし、大土木工事や戦争に耐え切れなかったのか始皇帝死後はわずか4年で滅亡しました。

しかし、秦の作った制度などは漢に引き継がれることになります。

お気づきの人もいるかも知れませんが、秦の後に「項羽と劉邦」の戦いがあるわけです。

キングダムではどこまでやるかは分かりませんが、始皇帝が不老不死を求めだすとか秦の滅亡までやったら凄いなとは思います。


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